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悩みの行方
「2週間のご無沙汰でした。『深層レポート』いよいよ最終回です。
今週も、司会の私と後輩のアシスタントの二人で、スタジオからお送りします。
前回は、悩み脱出のひとつの方法として、「悩み」を自分の中に取り込む、ということを、花粉症の治療法の例を出してお伝えしました。
花粉を自分の中に少しずつ取り込む治療法と同じように、悩みを異体ではなく自分と同体と捉えることによって、悩みを無化していくという方法です」
「それは理屈としてはわかるのですが、本当にそんなことができるのでしょうか? 
例えば人間関係で悩んでいるとして、悩みの原因である相手を自分の中に取り込むことは不可能ですよね」
「確かにそうです。肉体のレベルで考えればそうでしょう」
「??? では、違うレベルがあるのですか?」
「人は肉体だけでできているのではありませんよね。様々な感情や感性、価値観、境地など、目に見えない世界をいくつも持っています。同じ景色を眺めても、感じることは人によって違います。同じものを食べても、味わい方は十人十色です。一卵性双生児だって、性格が反対だったりします」
「そうですね。それはわかります」
「肉体を取り込むことはできませんが、感情はどうでしょう。相手と同じ感情を共有することは難しいでしょうか? 価値観は?
例えば、悩みの原因である上司のBさん。そのBさんがなぜパワハラを自分に仕掛けてくるのか、その気持ち、感情を追体験してみる。そもそもパワハラという行為になぜこだわるのか、その価値観、人生観を相手になり切って想像してみる」
「想像力の勝負でしょうか…」
「また、Bさんがパワハラを仕掛けてきたとき、もしくは仕掛けてくるのではないかという予感に怯えるとき、自分の中に湧き上がって来る嫌悪感や恐怖感、不安感という感情たちを、押さえ込もうとするのではなく、許容する。受け入れる。仲間になる。その感情そのものになってみる…。
そうすると、不思議と気持ちが落ち着いてくるかもしれません」
「はあ、わかったような、わからないような」
「私たち人間は、陰陽二元の世界に生きています。陰があるから陽がある。光があるから闇がある。生があるから死がある、他者がいるから自分がいる…。ですので、陰のない陽、光のない闇、生のない死、他者のいない自分は、想像することができません。
ところが、それがあるとしたらどうでしょう。陰も陽もなく、光も闇もなく、生も死もなく、他者も自分もない一元の世界。そもそも全てはひとつ…」
「よく理解できないのですが、仮にそうだとしたら、なぜ悩みがなくなるのでしょうか?」
「悩みはギャップから生まれるのでしたよね。すべてがひとつだとしたら、ギャップの生まれようがありません。
AさんもBさんも、私もあなたも、恐怖感も喜びも、光も闇も、生も死も、すべてがない交ぜになっている世界には、悩みがないのです」
「でも、現実では、司会者の先輩とアシスタントの僕は、別個に存在しているではありませんか?」
「そうですね。現実の世界ではそうですが、別の世界ではどうでしょうか?」
「別の世界?」
「例えば、物理学の超ひも理論でいう10次元の世界では? また、地球ではなくシリウスでは? ブラックホールでは? この世ではなくあの世では?」
「せ、先輩、ちょっと待ってください。話の途中ですが、またスタジオが動き始めたようです。細かい揺れを感じませんか? 今度はどこに向かうのでしょう? ここは悩みの現場ですが、ここから移動するのでしょうか? 
アッと、なんだか周囲の見え方が変わって来ました。だんだんと周囲の輪郭がぼやけてくるというか、中身が溶け出して行くというか…。
もしかしてこれは、現場とスタジオが一体化しようとしているのでしょうか?
もうこれ以上の中継は難しいようです。悩みと同時に、私たちも消えてなくなりそうです。
『深層レポート』最終回をお送りしました……」
 

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