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遅刻するべき人
「仕事の打合せなどで、遅刻するべき人がいる」
そう前回のコラムで書きました。
遅刻はいいことではありません。相手をイライラさせますし、打合せの時間も短くなります。遅刻によって打合せがうまく行かなくなることもあるでしょう。そして何より、相手の信用をなくしてしまいます。
マイナス面ばかりのようですが、では、「遅刻すべき人」とはどういう人なのでしょうか? 
私たちの人生は、当然ながら平坦ではありません。山もあれば谷もあります。ずっと上り坂の人、ずっと下り坂の人はいないでしょう。
そして、山頂に立たなければ見ることのできない景色があるように、谷底でなければ見えない景色、というものがあります。それは、四季折々の風景と同じです。真夏に暮らす人は、雪景色を見ることができません。
では、谷底でなければ見えない景色とは、どういう景色でしょうか?
例えば、大事な仕事の打合せに遅刻してしまった人の眼前には、どんな景色が広がっているのでしょう?
イラついている相手、それでなくても難しい打合せなのに、それをさらに難しくしてしまったという重い空気、上司の怒った顔、同僚たちのせせら笑い、描けない今後の展望などなど、暗い色調の風景が広がっていることでしょう。
その風景の中に立って、Aさんはこれからどういう対応をすればいいのでしょうか?
ひたすら頭を下げる。余計な言い訳はしないが、遅れた事情はちゃんと説明する。相手の機嫌をこれ以上損ねないよう、言葉を慎重に選ぶ。信用を取り戻すべく、誠意を持って打合せをする。今後、こういうことが二度とないよう、約束の時間の15分前には、待ち合わせ場所に着くよう心がける…。
Aさんはこの時、遅刻しなければ見えなかった風景の中に立ち、遅刻しなければ考えなかったような対応策を考えています。
遅刻したこと、それはAさんにとって減点となる失態ですが、その一方で、貴重な経験になったかもしれません。
その経験を糧にして、Aさんは谷底から這い上がって行きます。
「遅刻すべき人」それは、
「遅刻という風景を見る経験が必要だった人」のことです。
この経験をしたことで、Aさんは多くのものを手に入れました。
Aさんの相手も、もし「待つという経験が必要な人」だったとしたら、ふたりとも貴重な経験をしたことになります。
また、その後Aさんが逆の立場に立った時、この経験をもとに、遅刻した相手を許す、ということがあるかもしれません。もしその相手が、「許されるという経験を必要としている人」だとしたら、Aさんの遅刻は、いったい一石何鳥の効果をもたらすことになるでしょう。
必要な経験を必要なときにすること。それは、かくも多彩な恩恵を私たちに与えてくれるのです。
 

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