「悩みの誕生」
そもそも悩みは、どこから生まれるのでしょう?
悩むことが錯覚であるとしても、実際に悩み苦しむ人がいるわけですから、
悩みのもとがあるはずです。
例えば、産まれたばかりの赤ちゃんに悩みはあるでしょうか?
自分で何もできない赤ちゃんは、お腹が空いた時、眠い時、暑い時、寒い時、
泣いてそれを訴えるしかありません。
自分の欲求が叶えられなければ、泣き続けます。
欲求が叶えられないと、生命の危機にさらされるからです。
しかしこれは、一般的に「悩み」とは言いません。
一方、大人はどうでしょうか?
大人は、赤ちゃんが抱えるような欲求は、自分で叶えることができます。
泣き続ける必要はありません。自分で解決できるのです。
では、自分で満たすことのできない欲求に遭遇したら、どうなるでしょう?
好きになった人が振り向いてくれない。
やりたい仕事に就けない。
子供が言うことをきかない。
お金がない。
人が評価してくれない。
体が言うことをきかない。
その時、悩みが生まれます。悩みの誕生です。
では、赤ちゃんの欲求と大人の欲求の違いは何でしょう?
それは、赤ちゃんの欲求は、自分の生命維持に関わるものですが、
大人の欲求は、自分の価値に関わるものだ、という点です。
「価値」?
分かりにくいでしょうか?
例えば、好きな異性は、自分にとっては価値あるものですが、その人を好きでない人から見れば、単なる人間にすぎません。
作家になりたい人は、作家になれないことはストレスでしょうが、スポーツ選手になりたい人にしてみれば、それはなんでもないはずです。
このように、「価値」は、自分が作り出すものです。もしくは、お金のように、社会が編み出すものです。
その「価値」が、悩みの原因となります。
価値としたものが満たされないときの飢餓感、
理想の自分(価値)と現実の自分とのギャップ、
「価値」が生み出すそれらの「差」が、悩みを引き起こすのです。
そして、この「差」は、全ての人が持っているものです。
 
 

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